学生寮篇 その三 『軍艦島』
あれほど気持ちがいい潮風はいつの間にか止んで、夕凪の頃、軍艦島に着船。
”お帰りんしゃい”
出迎えに来られていた、奥田のおふくろさんとお姉さんが破顔しておられた。
私もつられて、笑いながら挨拶を交わしました。
奥田のやつひとり、どんどん歩いていく。
親子の久しぶりの対面とはこんなもの。照れくさいものです。
煙草一本吸う間に、島一周。
そんな話を聞いていた私も、そのちっぽけさに少々驚きました。
以前、世界一の人口密度で知られたこの高層アパ-ト群の島は、
確かに狭っ苦しくても猫たちには天国だろう。
が、どっこい、人も「住めば都」。
ゆったり、あくせく、力強く生活していた。
日に焼けた子供たちの笑顔に映える真っ白い歯。
猫が魚をくわえながらひょんひょん走る。
その猫をひしゃくを振り上げ叫びながら追っかけ回すおっかさん。
その光景を可笑しそうに、バタバタうちわを扇ぎながら楽しむおばあちゃん。
どこの家庭も窓を開け放し、窓から焼き魚の白い煙が流れて
野球中継の騒音やら、高笑いやら、赤ん坊の泣き声やら
酔いにまかせた男の怒鳴り声やら、茶わんの割れる音やら
一家団欒やら、独りぼっちやら・・・
清も濁もごちゃ混ぜの、海底炭鉱高層アパ-ト群の島は生きていた。
そんな環境の中で、奥田一家は生活してきたのだ。
滅多に訪れることのない、この島以外のよそ者だけど
息子の学友として、私は文句なしに歓待されたのです。
”ま、一杯”
親父さんからお猪口に注がれる酒越しに見えた、太い腕。
”頂戴します”
ひと息に盃を干した私は、返盃する。
大きな目に、笑みを湛えて親父さんは、
”よかよか。男ンくさ、かけつけ三杯”
奥田はおふくろさん似。
ひょんな時に気がついた。
近海モノの魚介類の美味いことといったら!
ワサビがきいた刺し身はまた絶品で、
肉料理に野菜サラダ、そして、〆は何といっても『長崎チャンポン麺』。
心に沁みる、一家オリジナルおもてなし料理の数々でした。。。
しかしながら、
記憶の断片に途切れ途切れのシ-ンが重なって、
食べているのか飲んでいるのか、かなり酔っていた私には判然としない。
おおいに飲んだ、飲まされたことだけは確かです。
証拠に、起床すると下半身が生温かく、うそ寒い惨めな思いをしてしまったから。
笑いを噛み殺しながら手を振る奥田と、おふくろさん。そして、お姉さん。
私は船上から、
”ありがとうございました”
と、意地でも元気よく声を出して手を振り続けていました。
帰りの列車の中でラジオから流れていた曲は、
出来すぎでしょうが
内山田洋とク-ルファイブ「長崎は今日も雨だった」♪